62. 大涌谷の黒玉子 2015年5月28日
   
   箱根山の火山活動が活発化し、現在その火口付近である大涌谷への立ち入りは禁止されている。
 私は2009年の5月にタイ人研修生とともに大涌谷を観光して名物の黒玉子をいただいた。
 写真1は大涌谷に向かうロープウエイと蒸気を噴出している大涌谷の景観である。



 黒玉子はその名の通り、卵の殻が真っ黒に変色したゆで玉子である。(写真2)
写真からRGBを測定してみるとB>G>Bとなりやや青みを帯びた黒色である。
従って黒玉子の色は糖蜜色ではない。


 写真3は白い卵を温泉につける様子である。
この白い殻がどうして黒くなるかというと、温泉の鉄分が卵の殻に吸着し、それが硫化水素(正確には硫化物イオン)と反応して黒色の硫化鉄ができるからである。

 

 写真4は温泉池の周りの石の写真とそのRGBである。
石の外側はR>G>Bとなっており、明らかな糖蜜色である。これは鉄の酸化物の色である。



 温泉には鉄も硫化水素もある。それなら温泉そのものが真っ黒に濁ってもよさそうであるが、そうならないのはなぜだろう。
それは温泉のpHが低いからである。
 硫化水素H2Sは以下のように解離する。
 
 ここで 鉄イオンFe2+と反応して硫化鉄FeSを生成するのは硫化物イオンS2-である。
 S2-は下の式のように水素イオン濃度の自乗に反比例して減少するので、pHが低くなるとその濃度が著しく低下する。
 
 FeSの場合、pHが少なくとも4以上でないとその沈殿は生成しない。
 温泉のpHは4より低いためFeSの沈殿は生成しないのである。
 卵の殻はアルカリ性の炭酸カルシウムでできているので、温泉の酸性がこれによって中和され、殻の部分だけpHが4を超え、FeSの黒色沈殿が生成するのである。

 鉄と硫化水素の反応は深海熱水噴出孔付近での生命の誕生に関わっていると考えられており、非常に興味深い。
(ワンダムおじさんの糖蜜色研究: 5.2 生物の共通祖先は鉄還元微生物か? を参照されたし)


 2023年11月17日追記
 黒たまごの黒色は硫化鉄ではないという論文を最近見つけた。
 木村凜太朗ら BUNSEKI KAGAKU vol72,No.7・8 pp249-256 箱根温泉・大涌谷の「黒たまご」黒色物質の起源推定
 これによると卵殻外層の黒色物質はタンパク様物質のメイラード反応により生成されるようだ。
 硫化鉄は安定で容易に褪色はしないが黒たまごは1日程度で褪色するとのこと。
 メイラード反応生成物は準安定で空気中の酸素で酸化分解され褪色する可能性があるとしている。



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