17.茶とサトウキビ 2014年5月5日

(1)はじめに

 私は「茶」に関する本をけっこう読んできた。(写真1)
世界の三大嗜好飲料である①茶②コーヒー③ココアがなぜ人間に受け入れられてきたのかに興味があったからだ。
これらの3つの主要有効成分はカフェインとポリフェノールである。ポリフェノールには苦みがあるため、砂糖が工業的に生産されるようになってからは、砂糖を加えて飲むことにより、人々はより幸福感が得られるようになったと思う。
紅茶には砂糖を入れるのが普通だし、緑茶には砂糖を入れないがいっしょに甘い和菓子を食べることが多い。コーヒーもココアも一般的には砂糖を入れる。
タイでペットボトルで市販されている緑茶には通常砂糖がはいっていて、その甘さにはへいこうしたものである。
 どうやら、これらの嗜好飲料と砂糖は強い絆があるようだ。
本節では、「茶」と「サトウキビ」の関係について考察したい。
 今まで何度も述べているように、タイ語で茶色のことをシーナムタン(砂糖色)という。(ワンダムおじさんの糖蜜色研究:2.2 タイ語で「茶色」は「砂糖色」)
このことも、私が茶とサトウキビの間に絆の存在を感じている一因である。



(2)茶とサトウキビの世界への伝搬の歴史

  表1は下記文献を参考にして作成した茶とサトウキビ伝搬の歴史である。
  *山西 貞. お茶の科学. 裳華房.(1992)
  *日高秀正.岸原士郎.斉藤祥治. 砂糖の事典.東京堂出版.(2009)
  *伊藤 汎(監修).砂糖の文化史.(2008)



 茶の原産地は現在の中国の雲南省、四川省付近とされている。
文献として初めて記載されたのは「神農本草経」である。(写真2)



 一方、サトウキビ栽培種の原産地はニューギニアとされているが、砂糖の製造がはじまったのはインドにおいてである。
茶と砂糖が出会ったのは、大航海時代に東洋から西洋に茶が渡り、イギリスで紅茶に砂糖を入れるようになったときである。
お茶が苦かったから砂糖を入れたという説が有力であるが、角山(砂糖の文化史)は、それよりも当時貴重であったお茶に同じく貴重であった砂糖をいれることにより最高のぜいたくを見せびらかすことにあったのではないかと述べている。
 図1に示すように、1800年以後のイギリスの茶と砂糖の消費量は完全に同じ傾向を示している。
この茶と砂糖の旺盛な需要が世界史に大きな影響を与えることになる。
 ひとつは「奴隷貿易」である。中南米、カリブ海諸島で砂糖産業が大きく発展し、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国に輸出されたわけだが、その砂糖産業を支えたのはアフリカから連れてこられた黒人奴隷たちであった。
 もうひとつはイギリスと中国(清)によるアヘン戦争である。イギリスは中国から茶を大量に輸入することになったため、その資金(銀)が不足することになった。そこで茶の見返り品としてインドで生産された「アヘン」を中国に販売することにしたのである。
これで、今まで中国に流入してた銀は逆に流出することなり、中国ではアヘン中毒患者が激増した。これに怒った清朝がイギリスと戦争になったのである。
しかし、アヘン戦争はイギリスの圧勝。長く君臨した中華帝国は弱体化していくのである。


 奴隷貿易もアヘンの販売も現在社会においては決して許されない犯罪である。しかし、当時の常識はそうではなかった。
また、茶と砂糖はそれほどまでにしても手に入れたい世界商品(現在では石油に相当するだろう)であったということだ。


(3)チャノキとサトウキビの植物学的比較

 表2に示すようにチャノキとサトウキビは門(両方とも被子植物門)まではいっしょであるが、網以下は異なっている。チャノキは双子葉植物網、ツバキ目、ツバキ科であるが、サトウキビは単子葉植物網、イネ目、イネ科である。
チャノキは木本であるのに対し、サトウキビは草本である。
 チャノキの利用部位は葉で、その主成分はカフェイン、カテキン(ポリフェノール)、テアニン(茶に特有の旨味アミノ酸)である。一方、サトウキビの利用部位は茎で、茎ジュースの主成分はスクロース(砂糖)である。



(4)抹茶と黒糖の食品成分の比較

 四訂日本食品成分表に記載されている成分の含有濃度を表3に比較した。図2は食品一般成分を比較した。これによれば、水分:抹茶=黒砂糖、タンパク質:抹茶>>黒砂糖、 脂質:抹茶>>黒砂糖、 糖質:抹茶<<黒砂糖、 繊維:抹茶>>黒砂糖、灰分:抹茶>黒砂糖である。



 黒砂糖の糖質が圧倒的に多いのは当然であるので、両者につき糖質と水分を除いた成分を基準にしたときの成分を以下に比較した。
これによれば、黒砂糖の灰分が抹茶に対して約7倍多くなる。無機質はカルシウム、鉄、ナトリウム、カルシウム、銅が特に多い。




 黒砂糖の繊維および脂質はゼロである。(実際には微量は存在する)。
抹茶はビタミンCが多量に含まれるが、黒砂糖には含まれない。(加熱処理で分解している)
ビタミンE効力も黒砂糖にはない。
ビタミンB1とB2は黒砂糖にも抹茶と同レベルに含まれ、ナイアシンは黒砂糖が抹茶を上回っている。


(5)緑茶とサトウキビジュースの総ポリフェノール含有量の比較

 
   緑茶の総ポリフェノールは10~20%のあり、まさにポリフェノールの塊である。これに対しサトウキビジュースは固形分あたり0.55%である。サトウキビジュースの固形分の94.4%はスクロースであるので、このスクロースを除去できたと仮定すれば脱糖サトウキビジュースの総ポリフェノールは約10%となる。


(6)緑茶に含まれるポリフェノールの種類

 緑茶のポリフェノールは大部分がフラボノイドの中のカテキン(フラバノール)
に分類される。(表5,図5)
表5の合計は約17%となり前節の総ポリフェノール量(10~20%)と良く一致する。すなわち、緑茶の場合そのポリフェノールの中身は分かっていることになる。



(7) サトウキビジュースに含まれるフラボノイドの種類

  サトウキビジュースで検出されているフラボノイドはフラボンに分類される。しかし大部分は未同定のフラボンである。
ジュース中のフラボン量は60mg/100gすなわち 0.06%である。
(5)節でジュースの総ポリフェノールは0.55%であることを述べたので、フラボンはその10%に過ぎない。すなわち、緑茶と異なり、サトウキビのポリフェノールについてはまだほとんど分かっていないと考えるべきである。


 


(8)カテキンとフラボンの化学構造の差違



(9)市販緑茶飲料、黒糖水溶液、黒糖酵母処理液の紫外可視吸収スペクトルの比較

 図7は市販緑茶飲料(写真3)、黒糖水溶液(自製品) および 黒糖酵母処理液(酵母で脱糖)の紫外可視吸収スペクトルである。
緑茶飲料と黒糖水溶液のスペクトルパターンは異なっているが、黒糖酵母処理液はかなり近くなっている。
酵母による脱糖処理によりサトウキビポリフェノールが濃縮されているのではないかと考えられる。





(10)おわりに
 
 ポリフェノールの研究とその利用については「茶ポリフェノール」が大きく進展しており、それに比較すると「サトウキビポリフェノール」の研究はかなり遅れているといえる。
従って、今後サトウキビポリフェノールの研究については、これまでの「茶ポリフェノール」の研究を参考にするのが良いだろう。
昨年、研究の集大成とも言える下記の本が発行されたので、私はこれを読み進めていきたいと考えている。

Lekh R.Junejia, Mahendra P.Kapoor, Tsutomu Okubo, Theerthan P. Rao.
Green Tea Polyphenols -Nutraceuticals of Modern Life-. CRS press. (2013
)

 サトウキビポリフェノールを回収するにあたっては、サトウキビより糖蜜が糖蜜よりはその酵母発酵液が原料として適していると思う。(ワンダムおじさんの糖蜜色研究:エピローグ-S嬢の見る夢)
ただし、サトウキビ→糖蜜→酵母発酵液と進むに連れ元々のポリフェノールはアミノ酸とメイラード反応を起こしたり、さらに糖との脱水縮合反応を起こしていわゆる高分子のメラノイジンになっているものがある。
当然ながらこのようにしてできたメラノイジンにも機能性があるだろう。

 茶とサトウキビは世界史において強い絆で結ばれている。今後は茶ポリフェノールの後を追って、サトウキビポリフェノールや糖蜜色成分が世にでていくことを期待している。

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