18. サトウキビジュースの成分 (2014年5月17日)
(1)はじめに
成熟したサトウキビの茎には極めて高濃度のスクロースが蓄積している。生理活性作用のあるポリフェノールの含有量もスクロースに比較したら微々たるものである。
稲や小麦の種子あるいは芋類に蓄積するデンプンは水に不溶の形になっているのに対し、サトウキビのスクロースは水に溶解している。しかも、茎の細胞に蓄積するわけであるから、溶解したスクロースによる細胞内の浸透圧は相当に高いはずである。
いったい、なぜサトウキビはこのようなことをしているのか、私は不思議でしかたがない。
ここでは、サトウキビジュースのスクロースとそれ以外の成分の分析値を文献から集め、その特徴について述べる。
(2)通常のサトウキビジュースの成分
参考文献:S.N. Walford. Composition of Cane Juice. Proc. S.Afr.Sug.Technl.Ass.(1996)
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(2)-1 一般分析 (Table1)
スクロース100に対し還元糖(グルコース、フラクトース)5.4%、無機塩類3.1%,アミノ酸1.8%、有機酸1.2%である。
(2)-2 炭水化物の組成(Table2)
(2)-3 無機物の組成(Table3)
最も多いのがカリウムである。カリウムを100%とするとカチオンのカルシウムとマグネシウムがそれぞれ35%と24%、アニオンの硫酸、燐酸、塩素がそれぞれ33%、26%、21%である。
(2)-4 窒素を含まない有機酸の組成(Table4)
最も多いのがアコニット酸である。アコニット酸にはトランス型とシス型があるが、サトウキビにはトランス型が多く含まれているのが特徴である。
アコニット酸を100%としたときリンゴ酸23%、クエン酸21%を含む。
(2)-5 アミノ酸組成(Table5)
最も多いのがアスパラギン酸である。アスパラギン酸を100%としたとき、アラニン57%、グルタミン酸57%を含む。
(3)茎(Stalk)とトラッシュ(Trash:ごみ)ジュースの成分比較
砂糖の製造には茎だけが製糖工場に運搬され搾汁される。ショウトウ部や枯葉などはそのままサトウキビ畑に放置される。
しかし、近年サトウキビの搾り滓(バガス)のバイオマス燃料としての需要が高まり、茎だけで無くショウトウ部や枯葉も含んだすべてのサトウキビを製糖工場に運搬し搾汁する試みがなされている。
当然、茎以外の部分には不純物が多いので新たなサトウキビジュースの精製方法の開発が必要となる。
下記の博士論文はその研究のひとつであり、その中でWhole Crop(全体)、Stalk(茎)、Trash(トラッシュ)を絞ったジュースの成分が記載されていた。
Caroline C.D.Thai |
Studies on the clarification of juice from whole sugar cane crop |
Thesis for PHD, Qeensland University of Technology (2013) |
写真1はWhole Crop、Stalk、Trashの違いを示したものである。
(3)-1 Brix (図1)
トラッシュは茎の55%である。
(3)-2 スクロース(図2)
トラッシュは茎の40%である。
(3)-3 グルコース、フルクトース(図3)
トラッシュに圧倒的に多い。
(3)-4 デンプン、タンパク質、多糖体(図4)
いずれも茎に少なく、トラッシュに多い。
(3)-5 有機酸(図5,6,7)
すべての有機酸が茎よりもトラッシュに多く存在する。
(3)-6 電気伝導度(図8)
茎よりトラッシュが高い。
(3)-7 無機物(図9)
すべての無機物が茎よりトラッシュで高い。
このように、スクロースは茎に純度高く濃縮されている。
(4)成熟した節間(せっかん)と未成熟な節間のジュース成分の比較
サトウキビの茎は節で分かれており、上部の節間ほど成熟度は低く、下部の節間ほど成熟度は高い。
成熟度の低いNO3の節間と成熟度の高いNO7の節間のジュース成分を比較した文献があったのでそのデータを紹介する。
参考文献
S Bosch, JM Rohwer, FC BOTHA |
TheSugarcane Metabolome |
Proc S Afr Sug Technol (2003) 7 |
(4)-1 糖 (図11) 単位はμmol/g新鮮重量
① 未成熟節間のスクロース濃度は極めて低い。未成熟節間のグルコース、フラクトースはスクロースより高いが、成熟節間よりは低い。
② イノシトールはサトウキビの品種によって異なる。
③ ラフィノースは成熟節間のみで検出され、マルトースは未成熟節間のみで検出された。
④ キシロースは成熟節間が多い。
⑤ トレハロースは一種の株の未成熟節間のみで検出された。
(4)-2 有機酸(図12) 単位は レスポンス比/g新鮮重量
①アコニット酸、リンゴ酸、シキミ酸、コハク酸は未成熟節間>>成熟節間であった。
②クエン酸はサトウキビの品種により異なっていた。
(5)スクロースの葉から茎への移動ルート(図13)
光合成によって葉で合成されたスクロースは茎の細胞に移動して蓄積される。
この場合、スクロースがそのまま蓄積される場合と、インベルターゼでヘキソース(グルコースとフラクトース)に分解されて細胞に入り細胞内(および液胞内)でスクロースに再合成されて蓄積される場合がある。
サトウキビが成長している場合はそのためのエネルギー源としてスクロースが使用されるので未成熟節間のスクロース濃度が低くなることが理解できる。
インベルターゼの役割はスクロースを一旦分解することにより葉から茎細胞へのスクロース濃度勾配をつくり、円滑な流れをコントロールしているようである。
(6)サトウキビジュースに存在する主な糖、有機酸、アミノ酸の代謝経路
図14は茎に蓄積されたスクロースを出発物質として変化していく経路を推定したものである。
通常の解糖系とTCAサイクルおよびグリオキサル酸サイクルによりうまく説明できる。
(7)おわりに
サトウキビジュースの成分の中で私が今まで最も注目してきたのがトランス-アコニット酸であった。
会社生活の中で糖蜜を原料にしたグルタミン酸発酵や酵母培養の仕事をしてきたが、糖蜜のトランスーアコニット酸含量が多い場合は発酵成績や培養成績が悪いことが多かった。
しかるに、トランスーアコニット酸を培養系に添加する実験を行っても何ら発酵成績には影響しないのである。
おそらく、トランスーアコニット酸が多い糖蜜は未成熟のサトウキビからつくられた糖蜜であり、未成熟なサトウキビが発酵成績や培養成績を低下させるのではないかと考えている。
未成熟サトウキビからつくられた糖蜜の何がいけないかは勤務していた会社のノウハウに属することなので記載しない。
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